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香港について その7

 香港のハブとしての役割は意外に知られていない。例えば香港の港が扱うコンテナの量は、日本の横浜と神戸港を合わせたより多い。そして、その港のコンテナターミナルは李嘉誠という個人の持ち物だと言うと驚かれないだろうか。彼は長江実業のオーナーで、香港島と九龍半島を結ぶトンネルも彼のものである。中国人は現金決済を好む。人を信用していないので、掛け売りは好まない。香港埠頭に接岸するコンテナ船が1本陸揚げされるたびに、李嘉誠の懐にコンテナ取扱料が入り、トンネルを1台車が通貨するたびに李嘉誠に通行料が入る。そうした収入に税金はほとんどかからない。私が住んでいたマンションにはロールスロイスとランボルギーニがざらにあった。ポルシェやBMW等は安物に見える。私が乗っていたクラウンは庶民の車であった。

 11月の第一週には取引先のおばあちゃんが毎年我々のチーム十数人全員の家族も含めて自宅でパーティーを開催してくれる。おばあちゃんの自宅は香港島のほぼ中央にある高層マンションで、億ションと言っても形容しきれない豪壮な建物だった。そこで上海ガニをふるまってくれるのだ。各テーブルの上には溢れんばかりの上海ガニが満載される。それをみんなでちぎっては食べちぎっては食べるのだ。脚などほじくる暇はない。甲羅をはがしてみそを堪能し、二つに割って脚をつかんで身をしゃぶり、はい次のカニということになる。香港の市場では一匹2000円以上していたが、一人で10匹以上は食べた。

 このおばあちゃんの息子たちはアフリカのナイジェリアで鍋釜などを作る工場を経営している。昔はイギリス人が経営していたが、治安の悪化により帰国した後を継いだのが香港華僑だった。日本の新日鉄などの鉄鋼メーカーはこうしたアフリカの工場にブリキと呼ばれる鉄板を輸出していた。船が日本から出航するたびに、このおばあちゃんにリベートが支払われていた。アフリカの売り先から資金が届かない場合、このおばあちゃんが代わって支払うという債務保証をしていたからだ。しかし過去にアフリカから送金されなかったことは数えるほどしかなかった。だからおばあちゃんはものすごい金持ちだった。

 香港の庶民は共稼ぎが当たり前であり、40代でリタイヤしたおじいちゃんおばあちゃんが孫の面倒を見る。そのため、一世帯当たり最低でも2千万円の現金があるとその当時は言われていた。もう今は無いが銅鑼湾(トンローワン)の大丸百貨店の前に、毎日座って物乞いしていた乞食は、実は億万長者だと後から聞いたことがある。

 香港は貿易のメッカであらゆる物が中国を初めとしたアジア地域に分配される物流の拠点である。そうした貿易を香港の人々は生業としている。また香港は金融のハブでもある。世界の主要金融機関が支店を持ち、互いに金融商品の売買を繰り返す。そうした取引の裏には、担当者に対するリベートが含まれることが多い。さすがに日本人はそうしたリベートを受け取ることは無かったが、部下の香港人は私の目の届かないところでもらっていたに違いない。だから高給取りだった私と部下の収入はそれほど違っているとは思えなかった。ただ、そうした態度はどこにも見せない。

 こうした環境下に育った香港の若者が、貧困層が多い中国人民の生活に、なじめるはずがないと思う。

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