監視社会

 3月8日付のWall Street Journalの社説によれば、ウィキリークスは7日米中央情報局(CIA)のハッキング技術を暴露するとして、大量の文書を後悔した。8761点に及ぶ文書やファイルを「バージニア州にあるCIAサイバー情報センター内部の、隔離されてセキュリティーレベルの高いネットワークから入手したと主張。これを第一弾と呼んでいる。その中にはCIAがスマートフォンのハッキングや、インターネットテレビを盗聴器に転じることなどに利用したマルウエアやツールを暴くとしている。要するに盗聴技術の暴露であり、いかにしてCIAがインターネットテレビを見ている人がそのスイッチを切っても盗聴できる技術とか、チャットアプリや電話の傍受、自動車やトラックのコントロールパネルへの侵入といったCIAが開発している技術の暴露もあるという。

 インターネットやその関連機器の技術の発達により、それを盗み見る技術も発達している。更に、そうした技術を暴露する技術すらできているということに、隔世の感を覚える。携帯電話の位置情報など、今や身近なものでも人の動きを監視しようとすれば容易にできる。最近の犯罪では街中の知らない場所まで張りめぐさられた監視カメラによる映像で検挙されるものが多くなっている。自動車も高速道路を走ればNシステムにより車のナンバープレートが瞬時に判読されている。

 いつの頃からかプライバシーの侵害に対する規制がやたらに厳しくなって、おかしいのではないかと疑念に思ったこともあるが、社会の動きが監視社会に向かっているためその流れに沿った規制であったのかもしれない。

 Googleの開発した囲碁のソフトは、すでに世界のトッププロ棋士に対して60連勝を重ねておりさらに進化しているという。私たちの次の世代はロボットに囲まれた社会に代わっていることだろう。

 少し先物とは関係無い話題であったが、世の中を詠嘆してみた。
 

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