東京金の30年史(1)1970年代の反動としての80年代

こうした激動の時代に東京金先物は上場しましたが、80年代の金相場は20世紀の3大バブルの一つに数えられるような急落となりました。

一番の要因は、オイルショックによるインフレが沈静化に向かったことです。「インフレ・ファイター」の異名を持つポール・ボルカーが79年に米連邦準備制度理事会(FRB)議長に就任しましたが、79年で前年比+13.3%に達していたインフレを抑制するため、急激な金融引き締め政策を展開しました。フェデラル・ファンド(FF)金利は81年に19%台まで跳ね上がりましたが、こうした荒治療とも言えるインフレ退治の政策効果は大きく、86年のインフレ率は+1.2%まで低下しています。

また、ドル金利上昇に加えて、81年に誕生したレーガン政権が「強いドル」を目指す中、特にドル建ての金相場が急落しました。80年3月には500ドルの節目を割り込み、85年には281.20ドルと、僅か5年で高値から600ドル幅の急落地合になっています。東京金相場の年間安値をみても、83年2,990円、84年2,563円、85年2,184円、86年1,761円と急落しています。

ただ、80年代後半に関しては内外の金相場が違った動きを見せたことにも注目したい所です。そのきっかけが、85年のプラザ合意です。インフレ鎮静化後の米貿易赤字増大を受けて、実質的なドル安・円高誘導が行われたのです。

この結果、ドル円レートは急落し、ドル建て金相場が上昇する一方で、円建て金相場は下落することになりました。ドル建て金は85年2月の281.20ドルをボトムに、87年12月には502.30ドルまで切り返しています。一方、円建ては89年に安値を1,569円まで更に切り下げました。

もっとも、89年にベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦時代が米国の一極集中時代にシフトする中、世界的な政治・経済環境は安定期入りし、ドル建て金も再び下値模索を強いられるようになったのが80年代終盤の金相場です。

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